2016年6月25日土曜日

奥舌優先 (u > o > a > i) ルール、三母音連続忌避・子音挿入ルールとは何だったか

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自動詞他動詞ペアパターン動詞活用形の起源の説明にあたり、以下のルールを設定した。

  • 語尾を付加するにあたり、三母音連続が発生する場合は、子音を挿入して三母音連続の発生を防ぐ。
  • 二母音連続を長母音化する場合、u > o > a > i の優先度で残す母音を決める。ただし、ai/oi/ui のように i が後接する場合は、a/o/u とはならず、そのまま残す。
これらは、少々奇妙なルールのように思える。
  • なぜ、二母音連続はよくて、三母音連続は駄目なのか。「自動詞は r, 他動詞は s を挿入」などと言うことが本当に起きるのか。昔の人はこれが自動詞・これが他動詞と意識しながらしゃべっていたのか。
  • 順行・逆行関わりなく奥舌優先というのは、文献時代以降の日本語での母音結合ルール(逆行同化が基本)とは極めて異質ではないか。(文献時代よりも遥か昔なのだろうから異質であってもいいじゃないか、その時の日本語じゃそうだったんだ、というかその時、「日本語」だったのか?、といってしまえばそれまでだが)
  • そもそも、o は a より奥舌なのか。(森博達氏の上代日本語の推定音価によれば、/o/ [ə], /a/ [ɑ] なので、どちらかと言えば、a の方が奥舌だろう。もちろん、二母音連続の長母音化が起こった時期においてもこれと同じだったとは限らないだろうが。)
これらの起源について考えたい。



奥舌優先 (u > o > a > i) ルールの起源

そもそも、筆者が「奥舌優先」としたのはなぜかというと「現にそうなっているから」というに過ぎない。
  • au > uu: 下二段終止形
  • ou > uu: 上二段終止形
  • iu > uu: カサナ変終止形
  • ua > uu: 上二段(「尽き」等)の未然形古形推定。自他二段型の他動詞派生「尽くす」等。
  • oa > oo: 上二段(「起き」等)の未然形古形推定。自他二段型の他動詞派生「起こす」等。
  • ia > aa: カ変未然形・命令形 (a > o に二次的変化を想定)。ナ変未然形。四段B型派生。
上記のような母音結合を統一的に説明するルールとして「奥舌優先」としたのである。
が、冒頭で述べたような疑問を踏まえ、「奥舌優先」以外にこれらを統一的に説明するルールはないか、再考してみたい。

「基本は逆行同化」と考えてみよう。
au > uu, ou > uu, iu > uu, ia > aa は規則どおりで、ua > uu, oa > oo がそれに合わないことになる。これを説明できないだろうか。

これらは上二段の古形未然形推定、および、上二段の二段型派生の形式に現れる。
「上二段の古形未然形」(「尽く」「起こ」等)は文献に現れないので推定でしかない(文献時代には二段未然形は本来の語形を使わないようになっており、連用形を代用したもの(「尽き」「起き」等)になっている)。
下二段では「寝(ね)/寝(な)し」のような、尊敬スのついた形が古形未然形を残していると考えるのだが、上二段には尊敬スのついた用例がない。唯一の上二段古形未然形の名残と考えられるのが「落ち/貶(おとし)め」が、「落ち」の古形未然形「おと」に使役シムのついた形であるのではないか、ということぐらいである。

一方、上二段の二段型派生は、ua > uu: 尽くし・過ぐし・浴むし、oa > oo: 落とし・降ろし・起こし・滅ぼし・干し、など現代日本語にも多く残っているものである。
本来は自動詞他動詞派生に由来する「ゆ・らゆ」「す・さす」等が未然形接続となっているのは自動詞他動詞派生と古形未然形とが同形であったためだったと考えるので、ほとんど痕跡を残していない上二段の古形未然形も、やはり二段型派生形式と同形だったと考えている。「落ち」→(二段型)→自動詞化「落とり」→(四段B型)→他動詞化「落とらし」→(四段C型)→自動詞化「落とられ」、のように受身形を派生した後、古形未然形「落と」が、連用形と同形の「落ち」に変化し、それに巻き込まれて受身形「落とられ」が「落ちられ」となった。

以上、本編のおさらい。話を戻して、ua > uu, oa > oo をどう説明できるだろうか。

まず、oa [əa] > oo [ə:]。
所謂、有坂法則をそもそもどう考えるかということについて、まだあまり考えはまとまっていないのだが、oa の母音連続は有坂法則をかなり強烈に破るものだ。これに関しては、そもそも -a ではなく、 -o がついたと考えた方が穏当な気がする。 別に、未然形語尾・自動詞他動詞派生語尾(これらは本質的には同じものだろう)が -a でなければならない必然性は特にないのだ。
  • 上二段の終止形 ou > uu も有坂法則違反じゃないのか、どちらかというとそっちの方が激しく違反しているだろう、というのもありますね。。。まあ、未然形語尾・自動詞他動詞派生語尾が -a である必然性はないけれども、終止形語尾が -u である必然性はあったんでしょう。ou は、とっとと uu になったんでしょうね。

一方、ua > uu はどうか。これもそもそも -u がついたのだと言うことは可能であるが、じゃあ、ia > aa (ナ変未然形・四段B型派生) は、なんで -i がつかないんだというのがうまく説明できない。有坂法則で要請されることでもない。
ua, ia のように奥舌か前舌かの差しかないように見えるものが、片や順行同化 (ua > uu)、片や逆行同化 (ia > aa) になるのをどのように説明できるか。

上代東国方言について考察した際、/i/ /ii/ /u/ /uu/ が、[i] [i:] [u] [u:] > [e] [i] [ɯ] [u] > [e] [i] [u] [o] となった可能性について示唆した。上代東国方言や、その子孫の八丈方言において四段連体形がウ段ではなくオ段になる事象の説明としてそう考えたのであるが、四段連体形がオ段となる事象は琉球語でも起きていたことが「おもろさうし」等から確認できる(かりまた (2016))。遠く離れた東国と琉球とでこの事象が起きているということは、これらの変化は中央語も含め日本語全体として起きたことと考えるのが妥当だろう。
一旦、[i] [i:] [u] [u:] > [e] [i:] [ɯ] [u:] > [e] [i:] [u] [o:] となった後、中央語では [i] [i:] [u] [u:] に回帰した一方、東国語・琉球語では回帰が起きなかったのだと考えることが出来る。

二母音連続の長母音化が発生した時、 /ua/ /ia/ は、 [ua] [ea] であったと考えられる。

/ua/ については、 [ua] のように、二母音の高さの差が大きい場合、十分に落ち切らずに [uo] となり、逆行同化により [o:] となって、/uu/ [o:] > /uu/ [u:] の回帰と合流して、 uu となった。(その伝で行けば、おそらく、au についても、[au] > [ao] > [o:] > [u:] の経路を辿ったのではなかろうか)
一方 /ia/ [ea] は二母音の高さの差が大きくないため、単純に逆行同化して aa となったのだろう。

中央語において、/i/ [e] > /i/ [i] の回帰が起きた後に発生した ia の母音連続については、 [ua] > [uo] > [o:] (> [u:]) となったのと同様、[ia] > [ie] > [e] となった。これが甲類エ段である。
他方、東国語では回帰が起きなかったため、 /ia/ [ea] > [aa] となる。完了リにおいて、中央語「告り有り」 nori-ari >「告れり」 noreri に対して東国語「告らり」 norari となり、形容詞已然形において、中央語「危ふき得(あ)むと」 ayapuuki-a-am-u-to >「危ふけど」 ayapuke-do に対して東国語「危ほかど」 ayapôôki-a-am-u-to > ayapôka-do となる所以である。

以上、「奥舌優先」のように見える母音結合ルールは、
  • 原則逆行同化。
  • ua については狭母音 i, u の音価変化と母音の高さの差が大きい場合に落ちきらなかったことにより、[ua] > [uo] > [o:] > [u:] > [u] として、例外的に u に。
  • oa という有坂法則違反の母音連続はそもそも発生しなかった。
ということで説明は可能だと考えた。
「奥舌優先」の方が説明は単純なのだが、
  • 冒頭に述べたような理由(後代の母音結合ルールとは余りにも異質。o が a より奥舌かは疑問)
  • ia > a になるもの (四段B型派生、ナ変未然形。東国での完了リ接続、形容詞已然形)と、 ia > e になるもの (中央語での完了リ接続、形容詞未然形・已然形、他) との相違の理由を統一的に説明出来る。
といったことから、こちらの説明の方がよいように思われる。

三母音連続忌避・子音挿入ルールの起源

これを考えるにあたってヒントにしたのは、 “A Rule of Medial -r- Loss in Pre-Old Japanese” (Whitman (1990)) である(買って読める値段でもないし、言語学の洋書を置いてあるような図書館も知らないので、 Google Books でプレビュー出来る範囲で眺めただけなのだが)。
朝鮮語との比較や内的再構から母音間で r 等の子音が消失した可能性を示しているのだが、 そのルール自体についての細かい検討は置いておいてアイデアだけ頂く。

思いついた仮説はこうだ。
長母音・二重母音と母音との間に子音 r, s を挿入するのではなくて、一律子音を挿入した上で、短母音間で r, s が消失したのではなかろうか。そのどちらでも同じ結果が得られるはずである。

自動詞化では、一律 -(r)ar、他動詞化では、一律 -(s)as を付加する(子音 r, s は、四段B型・二段型では a の後ろに、四段C型・一段型では a の前に現れるので、 a の前後両方に付けておく必要がある)。その上で、短母音に挟まれた r, s があれば削除する。
「剥ぎ」「剥げ」「剥がし」「剥がれ」は、下記のように発生したと考えられる。
  • 他動詞「剥ぎ」: pag-i
  • 自動詞「剥げ」: pag-ar-i > (ari > ai) paga-i (> pagë)
  • 他動詞「剥がし」: paga-sas-i > (asa > aa) pagaa-si (> pagasi)
  • 自動詞「剥がれ」: pagaa-rar-i > (ari > ai) pagaara-i (> pagare) 
    • (他動詞を表す pagaa-si の s は、除去された上で rar が接続したと考える)

終止形では語幹に一律 -(r)u を、連体形では終止形に一律 -ru を(語幹に -(r)uru を、と言ってもよい)を接続する。その上で、短母音に挟まれた r があれば除去する。
  • 四段終止形: yak-u (> yaku 焼く)
  • 四段連体形: yak-uru > (uru > uu) yakuu (> yaku 焼く)
  • 下二段終止形: ida-ru > (aru > au) idau (> idu 出づ)
  • 下二段連体形: ida-ruru > (aru > au) idauru (> iduru 出づる)
  • 上一段終止形: mii-ru (> miru 見る)
  • 上一段連体形: mii-ruru > (uru > uu) miiruu (> miru 見る)
  • カ変終止形: ki-ru > (iru > iu) kiu (> ku 来)
  • カ変連体形: ki-ruru > (iru > iu) kiuru (> kuru 来る)

# なんだか、-(r)ar, -(s)as, 連体形の -(r)uru とか、朝鮮語の助詞の -(n)eun (主題化)、-(r)eur (対格) とかを彷彿としますね。関係ないでしょうけど。

命令形の成立については、Whitman (1990) は直接的に言及している。
  • 四段命令形: yuki- + -ro > (*-r- loss) yukio > ikye 行け
  • 下二段命令形: ney- + -ro > (reduction of *yr) > neyo 寝よ
(Whitman は、乙類エ、乙類イについて、 ai > ey, ui/oi > wi となっていたことを想定している。甲類エは ia, io > ye としている。)
要するに、連用形に一律 -ro がついた上で、四段等については r が脱落したとしているわけである。管見の「短母音間で消失した」仮説でも同じ結論となる。
また、ai, ui, oi (長母音 ii の場合も同様に考えてよいだろう) の後ろで r が y となるという考え方により、命令形の場合の挿入子音が r ではなく y であることの説明が可能なのは魅力的である。((Whitman 1990) は、ai > ey として、neyro > neyo と、 r が y となるのではなく、 重子音の縮約によって yr が y になるとしているのであるが)
他自一段型(「見/見え」等)が例外なく y 変格しているのも同じ説明が出来そうだ。

但し、下記のような不明点は生じる。
  • 管見では、カ変・サ変の命令形は、 *ki o > *ki-a o > *kaa o > *koo o > *koo > ko, *si o > *si-a o > *sia-yo > seyo としている。si-a-ro から seyo を導くのは同じ伝では出来ないように思う。まあ、「二段・一段等からの類推」で片付けてもよいのだが。
  • 上一段の命令形が「見よ」になって、終止形「見る」、受身形「見られ」等が「見ゆ」「見やれ」にならないのは何でなんだという疑問がある。
  • 他自一段型の y 変格は説明できても、「越し/越え」「絶ち/絶え」などの y 変格、「らゆ」の一つ目の r は変格せず、二つ目の r は y 変格する理由等の説明は出来ない。

Vir > Viy (nairo > naiyo > neyo) になったのではないか、という仮説を述べたのだが、Vur > Vuw にはならなかっただろうか。
可能性として考えられるのは、「連体形が想定されるところに終止形が現れる」事象である。
上代東国方言について述べたところで、上代東国歌謡における、14/3395「多(さは)だナリノヲ (成りぬるを)」、14/3480「夜立ちキノカモ (来ぬるかも)」、14/3414「アラハロマデ (顕るるまで)」等の例を挙げたが、書紀歌謡117「射ゆ獣(しし)を繋ぐ川辺の (射ゆる獣)」のように中央語でも発生する事象である。

射ゆる yiiya-uru について、
  • yiiya-uru > iiyuuru > (uuru > uuwu) iiyuuwu > iiyuuu > iiyuu > iyu 射ゆ
となって、終止形と同形に帰した可能性はある。一旦、終止形と同形の形が成立した上で、他動詞「焼く (yakuu)」と自動詞「焼くる (yakuuru)」等の区別がつかなくなることを嫌って元の形式に再回帰したのかも知れない。

それと同じ伝で行けば、「見るらむ」「見るべし」とあるべきが「見らむ」「見べし」となるのは、
  • 見るあらむ miiru aaramu > miiyu aaramu > miiy aaramu > mii aaramu > mi aramu > mi-ramu 見らむ
となったと考えてもよいかも知れない。

  • 白膠木ヌルデ > ヌデ、楓カヘルデ > カヘデ等、ル・リの脱落は日本語において広く見られるので、あまり複雑に考える必要はなくて、要するにルが抜けたんだと言った方がよい気もしますけどね……。まあ、要するに r はよく脱落するし、狭母音の i, u はよく脱落するんだ。以上。ってことかも知れませんが。

根本的な疑問として、「じゃあ、今残っているラ行音・サ行音は何なんだ」「r が消失するのはなんとなく有りそうな気もするが、それと同様に s も消失するものだろうか」というのがある。
残っている r, s は長母音に連接するものだったのだろうか。
ラ行は語頭に立たないからよいが、「語頭の s が複合語において消失する」という事象があってもよさそうだが、そんな事象はない。逆に、「雨アメ/春雨ハル-サメ」「稲イネ/和稲ニキ-シネ」のように複合語で s が挿入される事象はあるのだが。これはどう考えるべきだろうか。
「短母音に連接する場合、語頭でも s は消失した(そのケースに該当する語がアメとイネ等)。長母音で終わる語と複合語を作る場合 s が復活する」という考えはアリかも知れないが。。。
s に 2 種類あった(語頭にも立ち得て消失しない s、語頭に立たず短母音間で消失する s)というのも説としては考えられるだろう。

綺麗な説明がつかないことがいろいろあって、「奥舌優先ルール」の起源の説明ほどには、こちらの仮説に自信は持てない(奥舌優先ルール起源の説明にそんなに自信があるわけでもないが)。もう少し考えた方がよい気がする。。。

もう少し気楽に考えて、 r/s の脱落や、Vir > Viy の変化等は、割と自由異音的に起きたと考えてもいいのかも知れませんね。
四段A型・四段B型両派生しているもの「靡き/靡け、靡かし」「給ひ/給へ、賜り」等は、本来的には四段A型で、r/s の脱落が起きたバージョンと起きなかったバージョンが残っているものとも考えられるかも。
  • nabik-as-i > (asi > ai ~ asi) nabikai ~ nabikasi なびけ~なびかし
  • tamap-ar-i > (ari > ai ~ ari) tamapai ~ tamapari たまへ~たまはり

四段B型にはこういうのも混ざっているのかも。

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[参考文献]
森 博達 (1999) 「日本書紀の謎を解く―述作者は誰か」(中公新書), 中央公論社, ISBN 978-4121015020
Whitman, John (1990), “A Rule of Medial -r- Loss in Pre-Old Japanese”, in Baldi, Philip, Linguistic Change and Reconstruction Methodology, Mouton de Gruyter, pp. 511-545, ISBN 978-3110119084
かりまた しげひさ (2016), 「琉球諸語のアスペクト・テンス体系を構成する形式」, in 田窪 行則 (編); Whitman, John (編); 平子 達也 (編) 『琉球諸語と古代日本語 ―日琉祖語の再建にむけて』, くろしお出版, pp. 125-147, ISBN 978-4874246924

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