2016年7月23日土曜日

上代東国方言の打消助動詞「なふ」と、特殊活用助動詞の仲間たち

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万葉集14/3483
比流等家波 等家奈敝比毛乃 和賀西奈尓 阿比与流等可毛 欲流等家也須家
昼解けば 解けなへ紐の 我が背なに 相寄るとかも 夜解けやすけ
昼解けば解けない着物の合わせ紐が、我が夫に寄り添うからであろうか、夜解けやすい。

東国方言の歌謡。中央語なら、「昼解けば 解けざる紐の 我が背子に 相寄るとかも 夜解けやす

  • あと、平仮名にするとわからないが、四段他動詞「解き」の已然形「解け-ば」、下二段自動詞「解け」の未然形「解け(-なへ)」、連用形「解け(-やすけ)」が、中央語だと乙類ケになるはずところ、東国方言だと甲類ケになっている。基本的に東国方言に乙類ケはない。 

上代東国方言に固有の打消助動詞「なふ」について。

中央語にもある打消助動詞「ぬ/ず/ざり」に加え、上代東国歌謡(万葉集の東歌・防人歌)では打消助動詞「なふ」が登場する。

現代標準語の打消助動詞「ない」のご先祖様とも言われる助動詞であるが、ク活用形容詞の顔をしている現代語「ない」とは違って、一見、四段活用っぽい活用形を持つ助動詞である。
  • 未然形「ナハ」: 14/3426「…会はナハば 偲ひにせもと…」(会わないならば)
  • 終止形「ナフ」: 14/3444「…籠にも満たナフ…」(満たない)
  • 已然形「ナヘ」: 14/3466「…寝れば言に出 さ寝ナヘば…」(寝ないと)
しかし、連体形の語形を見るとそうでないことが分かる。
  • 連体形「ナヘ」: 14/3483「…解けナヘ紐の…」(解けない紐)
連用形ははっきりした用例が見られない。
柳田 (1987) 等は、万葉集14/3482或本曰「韓衣裾のうち交ひ逢はなへば寝なへのからに言痛かりつも 」の、「寝ナヘ」を、接続助詞「ながら」、または、おそらくそれの語源としての「格助詞の + 形式名詞 故(から)」に接続する連用形として、連用形「なへ」を仮定する。
とすると、ますます、四段活用とは別物になる。


未然連用終止連体已然命令ク語法
東国打消「なふ」なはなへ?なふなへなへ--

これをどう考えればよいだろうか。
「なふ」について考える前に、中央語の助動詞の活用について整理したい。



「ちゃんと活用する助動詞」と「ほとんど無活用の助動詞」


助動詞には、動詞・形容詞のように活用するものと、イレギュラーな活用をする(というかほとんど無活用)のものとがある。

ちゃんと活用をする助動詞

活用種類助動詞
四段打消「ぬ」、尊敬「す」、継続「ふ」
下二段受身「ゆ/らゆ、る/らる」、使役「す/さす」、使役「しむ」、完了「つ」
ラ変過去「けり」、完了「り」、完了「たり」、打消「ざり」、断定「なり」
ナ変完了「ぬ」
ク活用当然「べし」

ほとんど無活用の助動詞


基本語形未然連用終止連体已然命令ク語法
過去「き」

(*け)
-
(*き)
-

(*き)
しか
-
-
-
しく
けく
反実仮想「まし」マシませ-ましましましか-(*ましく?)
推量「む」---まく
現在推量「らむ」ラム--らむらむらめ--
過去推量「けむ」ケム--けむけむけめ-けまく
推定「らし」ラシ--らしらし
らしき
らし--
打消当然「ましじ」マシジ--ましじましじき---
打消意思「じ」----
打消「ず」-----
  • 過去「き」の未然形「け」、連用形「き」、連体形「き」は、それぞれ、過去推量「けむ」、過去「けり」、ク語法「けく」の前段として、推定語形を立てる。
  • 反実仮想「まし」のク語法「ましく」は、已然形「ましか」の前段として、推定語形を立てる。

完了「む」(および、「らむ」「けむ」)は、たまたま終止・連体・已然形しか用例がないだけで、四段活用ではないかとも考えられるが、そうではない。
以前書いたように、四段活用であれば東国方言において、終止形「む」、連体形「も」になるはずのところ、終止形・連体形ともに「も」になるので、少なくとも東国方言では四段活用とは別物である。また、院政期アクセントにおいて、終止形が連体形のようなアクセントとなるなど、特殊な形態を示しており、中央語においても、四段活用とは異なるものと認識した方がよい。

これらのほとんど無活用の助動詞は、下記のような特徴でまとめられる。(打消「ず」は、ちょっと毛色が違うが)
  • 節の最終語となることが多く、それに必要な範囲での活用形しか持たないことが多い。
    • 仮定条件節として使用するために、未然形を持つことがある。
    • 確定条件節として使用するために、已然形を持つことがある。
    • 連体修飾節、名詞節として使用するために、連体形を持つことがある。また、その場合、ク語法形を持つことがある。
    • 上記に該当しない場合でも、係結びの結語となるため、終止形・連体形・已然形を持つ。
      • というか、「文法記述上、持っていることにしてある」と言った方が正確?
  • 下記を除き、各活用形は基本語形から語形変化せず、基本語形そのままの語形となる。
    • 仮定条件節として使用できる未然形を持っている場合は、「基本語形+a」の形式となる。
    • 確定条件節として使用できる已然形を持っている場合は、「連体形(基本語形)+ë」(め、らめ、けめ)、または、「ク語法+a」(しか、ましか)の形式となる。
      (この已然形生成形式については、本編の「⑨已然形の成立」を参照)
    • シ、ジで終わる助動詞の場合、シク活用形容詞風の連体形シキ、ジキを持つことがある。
ほとんど無活用なのに、未然形・已然形が、+a, +ë として活用するというのは、つまり、未然形・已然形は、所謂活用形とは性格を異にするものだと言えよう。
未然形は派生形の生成形式なのだし、已然形は、「有り」と結合した完了「り」の接続形や、「アク」と結合したク語法などと同様、連体形と「得」とが結合してできた二次的な形式である。

「ほとんど無活用で、未然形・已然形だけ活用」というのは、形容詞にも当てはまるところがある。基本語形/連体形キから、未然形ケ (ki-a > ke)、已然形ケ (ki-ë > ke) / ケレ (ki-aru-ë > kere) を生成しているからである。この系列と、別語由来の連用形ク・終止形シとが一緒になって形容詞の活用形が出来上がっているのであろう。
  • その後、節の最終語以外に使えず使い勝手の悪い「ほとんど無活用」のキ系列から、「連用形ク+有り」のちゃんと活用するカリ活用系列に、形容詞の活用形はシフトして行ってしまったわけだが。

上代東国方言の打消「なふ」


「なふ」に話を戻そう。
管見では、「なふ」は、基本語形を「なへ」とするほとんど無活用助動詞なのではないかと考える。
そして、
  • 未然形: nape-a > napa なは
  • 已然形: nape-e > nape なへ
のような形式の未然形・已然形を作ったのであろう。
連体形は、基本語形そのままに「なへ」が現れる。
ただし、ほかのほとんど無活用助動詞と違ったのは、ウ段の終止形「なふ」を持ったことだ。ほとんど無活用助動詞から、四段活用などの「ちゃんと活用する助動詞」になりかけで終わったのかも知れない。

基本語形が「なへ」なのは、形容詞連体形がキでなくケであるようなもので、短母音 /i/ が、中央語では [i]、東国語では [e] であることによるもので、本来は「なひ」なのだろう。(中央語のほとんど無活用助動詞は、すべて、イ段・ウ段の基本語形を持っている)
もし、中央語が助動詞「なひ」を持っていたとしたら、
  • 未然形: napi-a > nape なへ
  • 已然形: napi-ë > nape なへ
    • 未然形との同形を嫌って形容詞已然形ケレのように、napi-aru-ë > napere なへれ の形式を作ったかも。。。
になっていたのではなかろうか。

そして現代標準語の打消「ない」へ


中央語に遅れて、東国語でも /i/ [e] > [i] への回帰が完成したとき(万葉期には既に、形容詞連体形ケなど一部の語を除き、ほとんど回帰していた)、「なへ」も「なひ」になったであろう。
「なひ」は、ハ行転呼によって、naφi > nawi > nai ナイになり、また、終止連体形の統合によって、終止形「なふ」も連体形同形のナイになっただろう。
一方で形容詞「無し」も、連体形「なき」がイ音便でナイになり、終止連体形の統合によって、終止形「なし」も連体形同形のナイになった。
終止形・連体形が同形に帰したとき、「なひ」と「無し」の混同が生じ、「なひ」がク活用形容詞化するのは、ほぼ必然だったのではないか。

「なひ」は、四段活用になり損ねて、形容詞ク活用になった助動詞ということだろうか。

「なふ」がほとんど無活用助動詞だったとしたとき、連用形を持っていたとすれば「なへ」だったはずであり、それも「なひ」になったはずである。
テ形は「なひて」。その音便形は、促音便(買ひ/買って)、または、ウ音便(乞ひ/乞うて)だろうから、「なって/なうて」。対して、形容詞「無し」のテ形は「なくて/なうて」。
「なうて」の形を考えれば、音便形も同形に帰していたことになるが、、、どうだろうか。
現代語にもあるテ形「ないで」 について考えるべきだろう。江戸時代には助動詞「ない」のク活用化は完成していなかったようだが、江戸初期の「雑兵物語」において、終止連体形「ない」・テ形「ないで」は現れるようなので、助動詞「ない」の活用形のなかでは古株のようだ。
「なうて」の形式の出番はなかったかも知れない。


「ないで」が出たところで、ついでの話をすると、「なんで」「なんだ」も気になっている。
現代においては、「せなんで(しないで)」「来なんだ(来なかった)」は、関西弁っぽいイメージ(関西弁でも、もう昔風かな? 上の世代が使っているのは聞いたけど自分では使わない感じ。(※))だが、浮世風呂「おはねさん、お前(めへ)きのふはなぜ来なんだ。」のように、江戸でも使われていたのである。
が、どこからどうやってこんな語形になったのかよくわからないというナゾの語形である。
「で」「だ」は、接続助詞「て」完了「たり」だろうが、「なん」はなんなんだ?「せんで」「せんだ」だったら、「せずて」「せずたり」から生じうる(「せんで」の語形は実際ある)が、「な」がよくわからない。
「せにありたり(する未然-打消ヌ連用-あり連用-完了たり終止)」>「せなった」>「せなんだ」?
  • (※) 自分でいう場合は、「せんで、せーへんかって」「来んかった、来ーへんかった」ですかね。。。



おそらく、柳田 (1987) の言うように、「なふ」は打消「ぬ」+継続「ふ」に由来しているのであろう。憶測ではあるが、「ふ」ももともと基本語形を「ひ」とするほとんど無活用助動詞だったのではないか。「ひ」が四段活用の活用形を整備し切ったのに対し、「なへ」は整備し切れなかったのだろう。
  • 「継続フが、もとはほとんど無活用助動詞で、四段活用は二次的に整備したもの」ということと、「崇め+継続フ > 崇まへ」のような、下二段活用の動詞に継続フが接続すると、なぜか、継続フが下二段活用になる、ということとは、何か関係があるのかも。

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[参考文献]
柳田 征司 (1987), 「上代東部方言の性格」, 『愛媛大学教育学部紀要』  第2部 人文・社会科学 (19), pp.21-56 http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/handle/iyokan/3508
京 健治 (2013), 「否定過去表現の展開小考 : 九州方言「ンジャッタ」「ンカッタ」をめぐって」, 『語文研究』 115, pp. 76-63, 2013-06-07, 九州大学国語国文学会 http://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/ja/recordID/1448719
京 健治 (2003), 「否定過去の助動詞「なんだ」に関する一考察」, 『語文研究』  96, pp. 1-12, 2003-12-26, 九州大学国語国文学会 http://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/ja/recordID/8934

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