2016年7月16日土曜日

過去助動詞「き」のク語法は、なぜ「しく」か

[日本語の動詞活用形の起源 総目次へ]

ク語法は連体形 + aku に由来するというアク説は、大野晋が言い出したものだと思っていたが、安田 (2009) によれば、J. J. Hoffman (1868), "A Japanese Grammer" に遡って存在する説なのだそうである。大野 (1952) も、金田一京助が大学の講義中に述べたことがあると言っており、本人の創案であることを否定している。

1868年と言えば明治元年。そんな時期から西洋での日本語研究がなされてたんですね。たいしたものです。


連体形+アク > ク語法
四段「言ひ」 ipu-aku 言ふアク > ipaku 曰く
下二段「告げ」 tuguru-aku 告ぐるアク > tuguraku 告ぐらく
形容詞「惜し」 wosiki-aku 惜しきアク > wosikeku 惜しけく
「有り」+過去助動詞「き」 ari-si-aku 有りしアク > arisiku 有りしく(×有りせく)

ク語法の語形はほとんど全てこの「連体形 + aku」説で説明がつくのであるが、 唯一説明のつかないのが、過去助動詞「き」である。
連体形 si + aku だと、形容詞で ki-aku > keku となったことを考えると、 si-aku > seku セクにならないとおかしいが、実際の語形はシクである。これはなぜか。



大野説


大野 (1952) は、「いづく」「かしく」などのように、場所を意味する「く」という形式名詞が、形式名詞「あく」と並行して存在し、 それが「し」にはそれが付いたのだろうとする。
高木・五味・大野 (1957) は、「あく」ではなく「く」が付いた理由として、「し」が本来は乙類であり、 ïa という母音連続を嫌ったからではないかという説明をしている。
過去助動詞「き」の連体形「し」が甲類だったか乙類だったかは、わかりようもないといえばわかりようもない(※1)が、管見では、以前書いたように、この「し」は、サ変動詞「す」とのつながりがあり、サ変動詞「す」の連用形「し」は甲類であるとしているので、おそらくこの「し」も甲類だったと思っている (※2)。ゆえに、高木・五味・大野 (1957) のような説明を、筆者としては取ることは出来ない。
  • ※1: ゆえに、高木・五味・大野 (1957) 説も根拠はない
  • ※2: 乙類イであれば、上二段活用になったはずである。管見ではカサナ変は、単音節短母音の連用形を持つ三つ子の活用種類だと思っており、カ変は甲類イの連用形を持っているから、サ変の連用形も甲類イだったはずだと考えている。

早田説


早田 (1998) では、東国語にて動詞連体形が甲類オ段に、形容詞連体形が「ケ」になることの説明として、動詞連体形語尾 を -rua、形容詞連体形語尾を -kee とし、ク語法はそれに ku が付いたものとする。過去助動詞連体形「し」については、そのまま si だったので、そのク語法は単に「しく」となったとする。
東国語の連体形語形については、管見では異なる考えをもっているので、これにも従うことは出来ない。
早田説では、四段・ラ変以外の連体形語形、つまり、ナ変で終止形が甲類オ段になることや、連体形・已然形の靡・靡伏のル・レの前の音が甲類オ段になることなどの説明(とはいえ、それらの実例は、いま一つ微妙な例であることは以前書いたとおりなのであるが)がうまくない気がする。
また、動詞連体形語尾 -rua が、通常の連体形では中央語 (r)u; 東国語 (r)ô になる一方、ク語法では、中央語・東国語ともに (r)a になる理由もあまり釈然とはしない。

やはり、ク語法は「連体形 + 形式名詞アク」という、従来説に従いたいところである。
その上で、si-aku > siku になる理由を如何に説明するか。

カ変・サ変の過去助動詞への接続について




書く 見る
連用形 かき
未然形 かか
(古形:め)
命令形 かけ みよ せよ
禁止(な~そ) なかきそ なみそ なこそ なせそ
過去助動詞連体形「し」 かきし みし こし せし
過去助動詞終止形「き」 かきき みき しき

動詞活用形起源仮説の命令形の説明のところで、命令形(~よ)、禁止形(な~そ)、過去助動詞連体形「し」の接続において、他の活用種類では連用形接続のところ、カ変・サ変のみ未然形接続形式となっていることの説明を書いた。
カ変・サ変の連用形のみ単音節短母音であり、これに単音節短母音の接辞を接続する場合、語調を整えるため、母音 a を間に挿入した結果、この場合のみ連用形が未然形同形となったのだとした。
連用形接続の接辞は、未然形接続のそれとは異なり、アクセントなどで見る時、動詞からの独立性が高く、接辞というより別語だった。例えば「来」に命令形語尾 -o を接続するとき、"ki o" の発音で、別語であるため、ki と o の間で hiatus があったと思われるが、そのままだとともすれば、 "kii o" になってしまいがちで、母音の長短が弁別的であった時代では、それではよろしくなかったのだろう(kii o では、「来(こ)」ではなく「着よ」の意味になってしまう)。短母音の ki であることを明示するため、 ki o > ki-a o にしたのではなかろうか。
ここで、過去助動詞の接続に際し、連体形「し」への接続では「せし」「こし」のように未然形同形になるのに対し、終止形「き」への接続では「しき」のように普通に連用形になる。
これについて、もとの説明では、”si si" で語調をとる際は "si-a si" になった一方、破裂音である ki の場合は、"si-k ki" のように、母音挿入ではなく促音化によって語調をとったためではないかとしていた。

仮に、サ変動詞過去終止形「しき」についても、もとは "si-a ki" であったとしてみよう。これが、 si-a ki > siki となることと、過去助動詞ク語法 si-aku > siku となることとはパラレルに考えられそうではないか。

管見


si-a ki [tɕiaki] , si-aku [tɕiaku] は、高舌の子音・母音 tɕ, k, i, u が続くなかで、低舌の a が挟まれた形となっている。おそらくこの形が発音しづらかったために a が上昇してシキ [tɕi:ki], シク [tɕi:ku] となったのだろう。
  • 挿入母音 a は勿論、ク語法の形式名詞 aku においてもどちらかと言えば ku がメインで、 a が語識別上重要な母音ではなかったので、苦労してまで発音する気にならなかったと思われる。 
  • 以前書いたが、 日本語中央語では、/i/ /ii/ は、[i][i:] > [e][i:] > [i][i:] のようになったと考えている。[e] > [i] の回帰が起きたのは、管見の動詞活用形の起源説で言うところの④二重母音の長母音化の後、⑥長母音の短母音化までの間のはずだ。/ia/ が [ea] だった④では、ia > aa になり、/ia/ が [ia] だった⑥では ia > e になる。
    si ki > si-a ki の母音挿入が起こった時点では si-a ki [tɕeaki] であり、高舌母音の後ではないため a が発音しづらくなかったのだが、その後、[e] > [i] の回帰が起きたことにより、si-a ki [tɕiaki] となって発音しづらくなり、ia > e の変化が起き始めるまで持たずに、ia > i になってしまったのだろう。
一方で、サ変動詞過去連体形 si-a si [tɕiatɕi] (> sesi)、形容詞ク語法 ki aku [kiaku] (> keku) については、高舌子音・母音のなかに低舌 a が挟まれる形であることは変わらないものの、前後の子音が同じため、そこまで発音しづらくなかったので a が保存されたのではないだろうか。「舌を下げ上げする合間に子音の調音位置をずらす」という口の動作の半分をやらなくていいので、発音しづらさが半減されているのだろう。

  • カ変動詞過去連体形 ki-a si は、早々に kaa si > koo si > kosi 「来し」に変化しており、高舌母音後の a という環境ではなくなっていた。
  • 上一段+尊敬ス、kii-as-i 「着(け)し」等は、ia > e の変化が起きるようになってから発生した語法であるか、または、動詞 kii と接辞 as の結合が強くなり一息に発音されるようになったのが ia > e の変化が起きるようになってからなのだろう。あるいは、語法の性格上、ぞんざいな発音を許容しない傾向にあったのかも知れない。
  • 「関 seki」「異し kesi」とかはどうなんだろうか。乙類エ段か、または、ia 由来ではない甲類エ段 (io? 元から e?) か。
    まあ、そういう説明でもいいけれども、「語根部分をも変化させたくなるほどの強い音韻変化ではなかった」ということでいいのではないか。


以上。
どうでしょうね。[tɕiaki], [tɕiaku] って、そんなに発音しづらいか?とは思わなくもないですが。まあでも、チアキをぞんざいに発音したとき、チイキになりがちな気はしなくもない、です、よ、ね?。。。

ク語法は、早田 (1998) なんかは「古い連体形が残存しているもの+ク」のように説明していて、古い語法だと考えているようですが、中央語と東国語の間で語形の差がないので、中央語・東国語が分かれた後に出来、中央語から東国語に輸出された比較的新しい語法だと思います(形容詞ク語法で ki-aku > keku となるが、東国語であれば、 ki-aku > kaku になるはず。東国語形式のク語法語形がたまたま残っていないだけかも知れませんが)。ua > uô > ôô > uu > u や、 ua > uô > ôô > ô になったりせず、ua > a になるのもかなり新しい形式だと思っています。
「~すること」という抽象名詞を作るかなり分析的な語法であることも、新しい語法であるっぽい感じが。
まあ、早く廃れたからといって、早く誕生していたとは限らなかったということで。なんとなく漢文訓読文あたりから生まれた言葉なんじゃないかという気もします。


追記

本稿で記載した管見については、その後、考えを変えている。

上代日本語の動詞活用形の起源 Ver. 3 (ファイナル版)」に記載しているが、
まず、「こ」「せよ」「なこそ」「なせそ」「せし」などは、ki-a o, si-a jo, na ki-o so, na si-a so, si-a si のように介母音 a を挿入したのではなく、中性母音語幹動詞である「サ変し」「カ変き」の介母音は /o/ [ə](乙類オ段母音)である。
また、「せし」となるが「せき」にはならず「しき」となるのは、短母音短音節の動詞連用形の後に、短母音間で脱落する子音 [j] [r] [s] ではじまる接辞がくる際に介母音が挿入されたが、そうではない接辞がくる際には挿入されなかったからである。具体的には、命令形 jə, rə、禁止形 sə、回想助動詞「き」の連体形 si などでは挿入されるが、回想助動詞「き」の終止形 kje (> kji) は脱落子音では始まらないので介母音が挿入されず、si-ə kje > sjeki 「せき」ではなく、si kje > sikji 「しき」になるのである。

一方、回想助動詞のク語法形が、si-aku > sjeku 「せく」ではなく、「しく」となるのは、また別の理由という説明になる。 

母音は、

  • Step 3a: 半狭母音e, oの変化
    単母音・二重母音前項でoが狭母音化するo>u, oV>uV,(Vo>Vo)。
    二重母音前項のeが子音を硬口蓋化しなくなる(CjeV>CeV)。語境界をまたがる母音連続の場合を除く。
  • Step 3b: 母音の広さ調整: 広さの差が大きい二重母音(広狭,狭広)の場合,後項母音が半狭化する(ex. ai>ae, ua>uo)。語境界をまたがる母音連続の場合を除く。
  • Step 3c: 硬口蓋性を維持する単母音化: 頭子音の硬口蓋性を維持して二重母音前項が消失する(CjV1V2>CjV2, CV1V2>CV2)。結果,非硬口蓋化子音後に前舌母音が来る(Ci, Ce)場合,音声的には中舌母音が介在する(ex. /Cəi/ > /Ci/ [Cɨi], /Cae/ > /Ce/ [Cəe])。乙類イ段・エ段に相当する。
  • Step 5a: 半狭母音の狭化: 一部を除き,半狭母音が狭母音化する(*e>i, *o>u)。これにより四段で連用形・転成名詞形が同形に帰し、痕跡例を残し両語形が統一される。
  • Step 5b: 硬口蓋化子音後の母音前舌化: 硬口蓋化子音後,狭母音はi,非狭母音はeになる。Cju>Cji; Cjo, Cjə, Cja>Cje。東国方言では非硬口蓋化した(ex. Cja>Ca)。

のような順を追って変化したものとし、そのなかでク語法については、連体形と「アク」とはもともと別語で、回想助動詞では動詞に先駆けて「アク」と一語化したため、「せく」ではなく「しく」になったとする。

-
言はく
惜しけく
回想「しく」回想「けく」
初期状態
ipo#ako
wosjikje#akosji#akokje#ako
Step3a
ipu#aku
wosjikje#akusji#akukje#aku
回想助動詞一語化

sjiaku
kjeaku
Step3bsjieku
動詞一語化
ipuakuwosjikjeaku
Step3c
ipakuwosjikjakusjekukjaku
Step5a
sjiku
Step5c
wosjikjeku
kjeku
上代語形
いはくをしけく
しくけく

[日本語の動詞活用形の起源 総目次へ]

[参考文献]
安田 尚道 (2009), 「"ク語法 aku説"とその提唱者たち」, 『青山大学文学部紀要』 51, pp.143-158 http://ci.nii.ac.jp/naid/110007542519/
大野 晋 (1952), 「古文を教へる国語教師の対話--文法史の知識はどのやうに役立つか--」, 『国語学』 8, pp.87-94 http://db3.ninjal.ac.jp/SJL/view.php?h_id=0080870940
高木 市之助; 五味 智英; 大野 晋 (1957), 「万葉集 一《日本古典文学大系 4》」, 岩波書店
早田 輝洋 (1998)「上代日本語の音節構造とオ列甲乙の別」, 『音声研究』 2(1), pp.25-33 http://ci.nii.ac.jp/naid/110008762662

0 件のコメント:

コメントを投稿