2018年2月19日月曜日

[小ネタ] とどみかね

[日本語の動詞活用形の起源 総目次へ

「あしひきの」考において、「妻籠みに」「足引きの」などは、「籠め」「引け」の転成名詞形であるという論を展開し、そのなかで、

  • 05/0875「行く船を 振り留みかね(布利等騰尾加祢) いかばかり 恋しくありけむ 松浦佐用姫」

等の「留みかね」の「留み」も転成名詞なんじゃないか。「行く船を」のようなヲ格の目的語をとり転成名詞ではないようにも思えるが、「留め」が「かね」の目的語(留めることをかねる(出来ないと判断する))なので、転成名詞が本来だったんじゃないかとした。

この説の補強になるんじゃないかと思う事例に気がついたので補記しておく。

 

 東歌のなかで、「動詞+かね」が連濁している例がある。

  • 14/3442「東道の 手児の呼坂 越えがねて(古要我祢弖) 山にか寝むも 宿りはなしに」
  • 14/3485「剣大刀 身に添ふ妹を 取り見がね(等里見我祢) 音をぞ泣きつる 手児にあらなくに」
  • 14/3538「広橋を 馬越しがねて(宇馬古思我祢弖) 心のみ 妹がり遣りて 我はここにして」

一般に、「動詞+動詞」の複合動詞は連濁せず、「名詞+動詞」の複合動詞は連濁を起こす。たとえば、「思いつく」は連濁しないが「気づく」は連濁するとか。
「動詞+動詞」の複合動詞は現代語においては一語の動詞としてのアクセントを持つが、中古・中世のアクセントでは動詞二語が単に連接しているだけのアクセントだった。つまり、一語化していないので連濁もしないのである。

  • 「行き詰まる(ユキヅマル)」「行き止まる(ユキドマル)」「着膨れる(キブクレル)」「食い倒れる(クイダオレル)」などは、転成名詞形「行き詰まり」「行き止まり」「着膨れ」「食い倒れ」などからの逆成と思われる。複合転成名詞形の場合、「名詞+名詞」の複合語なので連濁するのである。「通りがかり~通りかかる」「つかみどり~つかみとる」のように、複合転成名詞形では連濁、複合動詞では連濁しない、というのが本来パターン。

戸田 (1988) は、外国人による辞書 (ローマ字表記のため清濁が明らか) で連濁有無の統計を取ってくれているが、そこでもこの傾向は明らかである。動詞+動詞の連濁率が顕著に低く、名詞+動詞の連濁率は高い。転成名詞は名詞と同じような連濁傾向を示す。

戸田 (1988) での分類このブログでの用語表記日葡辞書 (1603)和英語林集成 (1872)
動詞連用形+動詞動詞+動詞1.11% (14/1,264)3.34% (36/1,079)
名詞+動詞名詞+動詞80.72% (67/95)64.84% (177/279)
動詞連用形+居体言
(修飾関係)
転成名詞+転成名詞
(修飾関係)
55.25% (100/181)46.76% (137/303)
名詞+居体言
(修飾関係)
名詞+転成名詞
(修飾関係)
66.88% (416/642)59.12% (755/1,287)
動詞連用形+居体言
(並立関係)
転成名詞+転成名詞
(並立関係)
0% (0/7)5.88% (1/17)

しかし、上代東国方言では「越えがね」「見がね」「越しがね」は連濁している。上代東国歌謡の清濁表記にどこまで信を置けるのかという問題はあるのだが、実際連濁しているのだとすれば、「かね」の前の「越え」「見」「越し」は動詞連用形じゃなくて名詞、転成名詞なんじゃないか、という論を立てることが出来るのである。

でもやっぱり「妹を」「広橋を」がついてるし、主語「馬」までついてるし。。。

 

 [2018-02-25 追記]
上代では、「動詞連用形+動詞」の複合動詞で、連濁しているものも結構あるようである。

故に、「かね」が連濁するからと言って、「かね」の前が転成名詞だとは言えない。

残念。。。

  • 行き返り (ゆきがへり)
    • 17/3978「あらたまの 年行き返り(登之由吉我敝利)」
    • 18/4116「あらたまの 年行き返り(等之由吉我弊理)」
    • 20/4490「あらたまの 年行き返り(等之由伎我敝理)」
  • 有り通ひ (ありがよひ)
    • 02/0145「天翔けり あり通ひつつ(有我欲比管)」
    • 03/0479「あり通ひ(安里我欲比) 見(め)しし活道(いくぢ)の」
    • 17/3907「あり通ひ(安里我欲比) 仕へまつらむ」
    • 17/3991「あり通ひ(安里我欲比) いや年のはに」
    • 17/3992「あり通ひ(安利我欲比) いや年のはに」
    • 17/4000「あり通ひ(安里我欲比) いや年のはに」
    • 17/4002「あり通ひ見む(安里我欲比見牟)」
    • 18/4098「あり通ひ(安里我欲比) 見したまふらし」
    • 18/4099「あり通ひ見す(安里我欲比賣須)」
    • 19/4187「あり通ひ(安里我欲比) 見つつ偲はめ」
  • 居枯らし (ゐがらし)
    • 記謡43「秀(ほ)つ枝は 鳥居枯らし(登理韋賀良斯)」
    • 紀謡35「秀(ほ)つ枝は 鳥居枯らし(等利委餓羅辞)」
  • 取り枯らし (とりがらし)
    • 記謡43「下(し)づ枝は 人取り枯らし(比登登理賀良斯)」
  • 生ひ立ち (おひだち)
    • 記謡57「川の上(へ)に 生ひ立てる(淤斐陀弖流) さしぶを さしぶの木」
  • 張り立て (はりだて)
    • 記謡88「大峰(おほを)には 幡張り立て(波多波理陀弖) さ小峰(をを)には 幡張り立て(波多波理陀弖)」
  • 飽き足り (あきだり)
    • 05/836「遊べども 飽き足らぬ日は(阿岐太良奴比波)」
    • 20/4299「飽き足らぬかも(安伎太良奴可母)」
  • 押し開き (おしびらき)
    • 紀謡17「朝門にも 押し開かね(於辞寐羅箇祢)」
  • 行き暮らし (ゆきぐらし)
    • 17/4011「松田江の 浜行き暮らし(波麻由伎具良之)」
  • 黄葉ち散り (もみちぢり)
    • 19/4161「秋づけば もみち散らくは(毛美知遅良久波)」

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[参考文献]

戸田綾子 (1988)「和語の非連濁規則と連濁傾向」, 同志社国文学 (30), pp.80-96 http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000005029


[2018-02-25 追記]

森山 隆 (1962) 「連濁―上代語における―」, 語文研究 (14),  pp.1-10, 九州大学国語国文学会 http://doi.org/10.15017/12305

 

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