2016年10月23日日曜日

i と e をめぐる諸問題

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前回、「あしひきの」考: 下二段・上二段両用活用に見える動詞についてにおいて、動詞の連用形は -e がついた形式で、転成名詞形は -i がついた形式というように、元来は別形だったのでは? という仮説を述べた。

正直、自分でも突拍子もない奇説だと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。

 

 Vovin (2003) を読んでいたところ、Vovin (2001) からの転載として、下記のような日本語・朝鮮語の動詞形態の比較が掲載されている。

動名詞形 (転成名詞形): *-gi;
  (上代日本語) -i < *-Ci < **-Gi. kak-/kak-i 書き(書くこと)、yəm-/yəm-i 読み(読むこと)
  (中期朝鮮語) -ki. hʌ-/hʌ-ki すること、psɨ-/psɨ-ki 使うこと

不定詞 (連用形): *-e;
  (上代日本語) -i < *-e. kik-i 聞き、ip-i 言い
  (中期朝鮮語) -ə/-jə/-a kəl-ə 歩き、kask-a 壊し

Vovin (2003) の記載は、Yale 式の romanization で、あまり私好みでないので、勝手ながら表音的な書き方に変えて記載しています。

  • 「hʌ- し、psɨ- 使い、kəl- 歩き、kask- 壊し」は、現代韓国語の 하다 ha-ta (ha-da), 쓰다 ssɨ-ta (sseu-da), 걷다 kət-ta (geot-ta), 깨다 kkɛ-ta (kkae-da) ですかね。韓国語の知識がゼロなので全く自信ないですが。

連用形は *-e、転成名詞形は *-i < *-gi から成ったとしているので、管見の仮説(連用形: -e, 転成名詞形: -i) と全く同一の仮説を立てていることになる。
管見の仮説は日本語のなかで内的再構を行った結果であり、Vovin (2003) は日本語・朝鮮語間の比較を行った結果であるわけで、こういう風に両者がぴたっと合うと、、、ちょっとぞくっとしますね。

-ə/-jə/-a と -e とでは随分違う音のようだが、Whitman (1990) を見ても、日本語 i/e : 朝鮮語 jə で対応する語が見受けられる。 (ex. piru 蛭 : pjəlok 蚤)

  • 蛭(ヒル)・蚤(ノミ)は若干対応語としては意味の距離がありますかね。どちらも血を吸う生き物ではあるが。 

中期朝鮮語の母音体系は、中舌・後舌母音が ɨ/ə/a, u/o/ʌ と3つずつあるのに、前舌母音が i しかないという、かなりいびつな体系。本来は前舌母音 e があったのだが、e > jə になった結果、前舌母音が i だけになったということも考えられよう。中性母音 e が、ぱっと見では陰母音の jə に変化した結果、陽母音につく時は母音調和に合うように ja になったり、jがドロップして jə/ja > ə/a になったりしたのではなかろうか。

  • 現代韓国語では、얘 ai > ɛ > e, 에 əi > e になった結果、e が存在する。
  • 蚤 pjəlok は、陰母音 ə と陽母音 o が結合しているような語形で母音調和の異例に見える。元来は pelok (中性母音 e と陽母音 o) だったと考えれば異例ではなくなる。
    現代韓国語では 벼룩 pjəluk (byeoluk) になっていて、陰母音に統一されてますね。
  • jə でなく ja だけれども、蛭/蚤より、意味がもう少しぴったりしている例では pəemi (pəebi) 蛇 : pʌjam 蛇、がある。日朝祖語 *pʌeme と仮置きすると、
    日本語は、*pʌeme > *paime > (AH:高さ調整) *paeme > (BA:逆行同化) *pəeme > (L2:第二次中高母音上昇) pəemi、
    朝鮮語は、*pʌeme > (同母音連続省略) *pʌem > (e>jə/ja) pʌjam、みたいな感じ?
    pʌjam は、現代韓国語 뱀 pɛm (baem) ですかね。
    jə になるのか ja になるのかの条件は、この例だけ見ると中高母音 o の近傍では pjəlok と jə になり、低母音 ʌ の近傍では pʌjam と ja になったとも言えそうだけれど、どうかな。

しかし、私の韓国語/中期朝鮮語についての知識が極めてショボいので、こういう論文を読んでも、とりあえずふむふむと読んで納得するしかないのでちょっとつらいですね。そろそろ本格的に勉強し始めないといけないかな。。。

ちなみに、Vovin (2003) の段階では、Alexander Vovin さんは、割に日本語起源の探究 (特に、アルタイ語/朝鮮語との比較) の未来に楽観的だったように見えるが、最近は割に悲観的というか批判的らしい。 Vovin (2009) を見ると、日本語と朝鮮語の対応語候補の 347 例についてすべて検証し確度が高いのは 11 例のみとしていて、ばっさり。

  • ただし、残り336例すべてについて、対応を否定しているわけではなく、75例について朝鮮語から日本語への借用(語としては対応するが、日本語と朝鮮語の同系性の証拠にはならない)としている。

確かに、相当胡散臭い例が紛れている、そういう例も織り交ぜないと例を挙げられないほど、日本語と朝鮮語はぱっと見全然似ていない、というのが観測されている事実ではあるわけである。
却下理由としては、Whitman (1990) の「短母音後の r /m 脱落」を Vovin (2009) は承認していない (Whitman (1990) が挙げる根拠は朝鮮語のアクセントに基づく分析によるもののみで日本語内での根拠が薄いとする) ことによるものも含まれる。
管見の動詞活用形・自動詞他動詞ペアパターンの起源仮説が、子音脱落の傍証になるのではないかと思っているのだが、どうだろうか。。。

一方で、日本語朝鮮語が同系なのかどうかは、確かに正直疑問は感じる。私がここで挙げている例 (私が説明がしやすい (対応が比較的綺麗) と思って選んでいる例) が「蛭」とか「蛇」で、正直これじゃあなあ、とは思う。動植物の名前なんて、きわめて借用されやすい類の単語だから。
とは言え、動詞活用形式ができ始めた時点からの日本語の音韻変化を経てきているように見られるから、借用にしてもかなり古い時点での借用かという印象を受ける。
なんとなく、もともと全く別の文法形式を持っていた言語が、周囲の朝鮮語・アルタイ諸語などの影響を受けて、文法形式や一部の単語などの借用を経て出来たのが日本語、という気もしなくない。
、、、まあ、これは妄想ですね。やめておいた方がよさそう。

「上代日本語の動詞活用形の起源 Ver. 2」を、「連用形: -e, 転成名詞形: -i」仮説に基づき微修正する。

さて、上記のように、「連用形: -e, 転成名詞形: -i」だとすると、上代日本語の動詞活用形の起源 Ver. 2 に書いていた形、「陰母音 i と陽母音 e があったのだが、両者の区別がなくなり中性母音になって、二重母音の後項では i, それ以外では e という環境異音になった」という考えは捨てなくてはならない。
i/e 両者が共存して存在し、そしておそらく両方とも中性母音だと考えるべきだ。(ただし、e が二重母音の後項の場合、Ve > Vi になったと考える)

このように仮説を変更したときに、上一段・カサナ変には若干の微調整が必要。

上代日本語の動詞活用形の起源 Ver. 2で想定していたのは下記のような形だ。
陽母音語幹の上一段は -e、陰母音語幹のカサナ変は -i の語根を持つ。
連用形・転成名詞ともに語根に -i を付加することにより連用形・転成名詞となる。
上一段は、-e-i から特殊変化を経て -ii に。
カサナ変はもともと -i で終わっているのでそのまま連用形になり、「二重母音の後項以外の場合は i > e に」の変化で -e になる。

-上一段カサナ変
語根-e-i
連用形-e-i > -ii-i > -e
転成名詞-e-i > -ii-i > -e

上一段連用形は -ii、カサナ変連用形は -e に帰結させたいのは変わりない (※) のだが、そこにどう至るか。
(※) 下記のことを考量すると、上一段連用形: -ii, カサナ変連用形: -e ということになる。

  • カサ変で、命令形、禁止形(な~そ)、過去助動詞接続(せし、こし)が未然形風になるのは、カサ変連用形が唯一単音節短母音の連用形だったから、という考えたいので、上一段連用形は長母音、カサ変連用形は短母音にしたい。
  • 防人歌 20/4337「もの言はず来(け)にて (毛能波須價尓弖)」 を考えると、「来」連用形は、ki でなく ke であって欲しい。
  • 上一段未然形が本来は -e である (尊敬スにおいて、見/見(め)し) ことを考えると、上一段の語根は -e でなく -i であってほしい。-i-a > (AH: 高さ調整) -iə > (BA: 逆行同化) -jə > -e. (cf. カ変未然形 -e-ə > (BA) -ə)

もともと、e: 陽母音、i: 陰母音 (舌根調和 (Tongue Root Harmony) を想定) と考えていた。そして、目(ま)/見、矢/射、菜/煮、等 -a の形の陽母音名詞との関連が見受けられる上一段が陽母音 e だろう。よって、上一段: -e, カサナ変: -i と考えていた。そこから、上一段連用形: -ii, カサナ変: -e に持っていくための小細工を色々と弄していたわけだが、
i も e も中性母音だとするなら、もう、上一段: -i, カサナ変: -e とした方が説明しやすいように思われる。

  • 目/矢/菜などとの関係を考えると、上一段は a から遠い i よりもより近い e の方が納得しやすいのになあ、、、というのは依然としてあるが。。。

としたとき、考えられるのは下記の2案か。

  • 案1: 上一段語根: -i, カサナ変語根: -e
    もともと -e で終わるカサナ変について連用形で -e はつかず、語根そのままで連用形に(ゆえに連用形は短母音)
    転成名詞形については、逆に上一段の方が短母音だったか。
    -上一段カサナ変
    語根CiCe
    連用形Ci-e > CiiCe
    転成名詞CiCe-i > Cii

  • 案2: 常にカサナ変が短母音で、上一段が長母音
    -上一段カサナ変
    語根CiC
    連用形Ci-e > CiiC-e
    転成名詞Ci-i > CiiC-i

転成名詞形が短母音だったか長母音だったか知るすべは、、、無さそうだな。。。まあ、どっちでもいいや。

BA: 逆行同化と e の口蓋化性

ちょっと上記とは毛色が違う話だが、i / e 関連の話題として。

上代日本語の動詞活用形の起源 Ver. 2の 「Step 6: 逆行同化」において、二重母音の前項が後項に同化し単母音化する。その時に下記のルールに従うとしている。

  • 二重母音の前項が後項に同化、つまり逆行同化する。また、長母音は短母音化。
  • ただし、前項の非前舌性を保存する。つまり、前項が非前舌・後項が前舌の場合、前項は後項と同じ高さの中舌母音として同化する (ui > ɨi, ae > əe, əɪ > ɨɪ)。
  • 前項が前舌高母音 i の場合、拗音化した。(Ciə > Cjə)

上記のルールをテーブルにまとめるとこんな感じである。

前項 V1後項 V2同化後
非前舌非前舌V2uo,ao,əo > o
非前舌前舌 i/ɪɨi/ɨɪ (乙類イ段)ui, oi > ɨi, əɪ > ɨɪ
非前舌前舌 eəe (乙類エ段)ae, ue, oe, əe > əe
前舌 i非前舌jV2iə > jə
前舌 e非前舌V2ea,eo,eə > a,o,ə

これをさらに整理する。

  • 甲類イ段・エ段は子音を口蓋化し、乙類イ段・エ段は子音を口蓋化しないとする。口蓋化していない子音をC、口蓋化した子音を Cj と表現することにすると、甲類イ段・エ段は音韻的には Cji, Cje、乙類イ段・エ段は Ci, Ce ということになる。
    • 実際の音声としては、そのまま [Cji], [Cje] / [Ci], [Ce] だったのかも知れないし、[Cji], [Cje] / [Cɨi], [Cəe] だったのかも知れない。
      • 個人的には後者だと思っている。以前に、「消える/消す、再び。そして蹴る」として記載したのだが、「消え/消し」の自動詞他動詞ペア語形、下一段「蹴る」の成立、上代東国方言でエ段(乙類エ段由来)の二連続を忌避し片方が乙類オ段になるように見られる現象などから、少なくとも乙類エ段は二重母音性を持っていて、しかも乙類オ段 (ə) に近い音だったと考える。
    • ɨi/əe は 前舌母音 i/e の前に、子音の口蓋化を阻止するためにそれと最も距離の近い非前舌母音 (すなわち、i / e と同じ高さの中舌母音  ɨ / ə) がついた形。
  • 非前舌の母音 (ex. a/ə/o/u) は子音を口蓋化しない。拗音 CjV は、音韻的には口蓋化した子音と非前舌母音の組み合わせ CjV と捉えられる。

上記のように整理すると、詰まるところ、「二重母音の前項が単純に脱落して単母音になった。しかし子音の口蓋化性は保存した」という一言で終わらせることが出来る話だということになる。

子音前項 V1後項 V2同化後
C非前舌非前舌CV2uo,ao,əo > o
C非前舌前舌 i/ɪCi/Cɪ (乙類イ段)ui, oi > ɨi, əɪ > ɨɪ
C非前舌前舌 eCe (乙類エ段)ae, ue, oe, əe > əe
Cj前舌 i非前舌CjV2 (CjV2)iə > jə
C前舌 e非前舌CV2ea,eo,eə > a,o,ə

ただし、そうしようとすると e が若干ややこしい動きになる。単母音の場合は子音を口蓋化した (Cje) が、二重母音の前項にある場合は子音を口蓋化しなかった (Cea, Ceo, Ceə > Ca, Co, Cə。Cjea > Cja 等でなく) と考える必要がある。
まあ、実際そうだったと考えてもそんなに変ではないと思う。後ろの非前舌母音に引っ張られて中舌寄りになっていたと思えばいいわけだから。

乙類イ段・乙類エ段の音形・音韻的解釈も含めて綺麗に説明出来るので、机上の空論であって事実ではないとすれば残念すぎるけど、、、どうでしょうね。何とか証明し切りたいな。。。

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[参考文献]

Vovin, Alexander (2003) 『日本語系統論の現在 (日文研叢書―国際日本文化研究センター共同研究報告 (31))』, 国際日本文化研究センター, ISBN978-4901558174

Vovin, Alexander (2001), "Japanese, Korean, and Tungusic: Evidence for genetic relationship from verbal morphology", in: Honey, David B.; Wright, David Curtis (eds) "Altaic affinities: Proceedings of the 40th Meeting of the International Altaistic Conference (PIAC), Provo, Utah (1997)" Vol. 168, pp.183-202, Indiana University Research Institute for Inner Asian Studies

Whitman, John (1990), "A rule of medial -r- loss in pre-Old Japanese", in Baldi, Philip, "Linguistic Change and Reconstruction Methodology", Mouton de Gruyter, pp. 511-545, ISBN 978-3110119084

Vovin, Alexander (2009) "Koreo-Japanica: A Re-evaluation of a Common Genetic Origin", University of Hawaii Press, ISBN978-0824832780

 

Vovin (2001) は未読です。国内じゃ所蔵している図書館がほとんどない。。。

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