2017年4月1日土曜日

上代中央語と東国語の別れ路

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前回の投稿から随分と間が空いた。正直、考えに行き詰まった結果、ちょっと興味を失いかけていたので。
日を置いてみて考え直した結果、ちょっと思いついたこともあるので、久しぶりに書いてみる。

上代日本語の動詞活用形の起源 Ver. 2 の最終ステップ「Step 9: 第2次高母音化と、中央語/東国語/琉球語の分離」において、下表のような変化が起きたとした。

音形eaCjəλɨiɨɪəe
中央語> ia > e> iə > e> Cey> ɨ (イ乙)> ɨ (イ乙)əe (エ乙)
東国語> ar> e (エ甲)
琉球語> ia > er? > i> ɪ > e > e

しかし、これは、何とも恣意的で気持悪い。この辺をなんとかしたいというのが今回の話題。



恣意性云々の前に、上表には問題があって、東国語の ea > a のところ。
  • 14/3469「夕占にも 今夜と告らろ(許余比登乃良路) 我が背なは」のように、完了リが甲類エ段接続でなくア段接続になる (告り有る > 告れる、ではなく、「告らろ」)、
  • 14/3383「国の遠かば(久尓乃登保可婆) 汝が目欲りせむ 」のように、形容詞未然形が甲類ケではなくカになる (təpəke-amo-pa > təpəkeba 「遠けば」、ではなく təpəkaba 「遠かば」、
 のように、中央語では甲類エ段になるところ、東国語ではア段になる仕掛けとして、中央語では、ea > ia > e のように、 e > i の中高母音上昇後に母音融合した一方、東国語では中高母音上昇が遅れたために、ea の段階で母音融合し、 aになったのだと言う説明なのだが、これだと説明がつかないところがある。
  • 20/4431「笹が葉の さやぐ霜夜に 七重着(か)る(奈々弁加流) 衣に増せる 子ろが肌はも」 
のように、上一段の完了リ接続でもア段接続になっている。管見では、上一段連用形は、Ce ではなく Ci に再構しているので、上記の理屈なら中央語同様、ki-aru > keru にならないとおかしい。
  • 14/3450「をくさ男と をぐさずけ男と 潮舟の 並べて見れば をぐさ勝ちまり(乎具佐可知馬利)」
は、そもそも歌意自体が取りづらい歌であり、また、「馬」をマと読むかメと読むかも議論のあるところであるが、「見有り > まり」だと考えるなら、同様の問題があるだろう。
上一段連用形を Ce に再構して活用形起源説を考え直すのも一つの手だが、東国語において ea だけでなく ia も a になったのだとして考え直してみよう。

上代日本語の動詞活用形の起源 Ver. 2 では、「Step 6: 逆行同化」において下記の変化が起きたとした。
  • 二重母音の前項が後項に同化、つまり逆行同化する。
  • ただし、前項の非前舌性を保存する。つまり、前項が非前舌・後項が前舌の場合、前項は後項と同じ高さの中舌母音として同化する (ui > ɨi, ae > əe, əɪ > ɨɪ)。
  • 前項が前舌高母音 i の場合、拗音化した。(Ciə > Cʲə)

これについて、i と e をめぐる諸問題 「BA: 逆行同化と e の口蓋化性」では、上記の変化は、要するに、「単純に二重母音の前項がドロップしたのだが、その際、子音の口蓋性を保存した」としてまとめられるのだとした。
この方向で、少し考えを進めて行こう。

仮説


BA(逆行同化) を経て、各母音には非口蓋性母音(直音)と、口蓋性母音(拗音)の対立が生じていたはずである。
非口蓋性(直音)
-前舌中舌奥舌
Cɨi
Cu
中高CəeCo

Ca
口蓋性(拗音)
-前舌中舌奥舌
Cʲi
(Cʲu)
中高CʲeCʲəCʲo

Cʲa
非口蓋性の前舌母音が、Cɨi, Cəe のような形で非口蓋性を維持していることに見られるように、子音の口蓋化の有無による弁別には不安定なところがあったのだろう。これに対する処置の仕方が中央語と東国語とで相違していたのではないかという仮説を設定する。

Step 9 を二つにわけ、「Step 9a 第二次中高母音上昇」と「Step 9b 口蓋性・非口蓋性対立の消失」に分ける。

まず、「Step 9a 第二次中高母音上昇」では、中央語・東国語ともに e > i, o > u という中高母音の高母音化が起きたとする。ただし、一律起きたわけではなく e, o のまま残存したものもあるようであり、また、どこで残存するのかは中央語・東国語で相違していたようである。この発生条件については、別途考えて行きたいが、今回は一旦置く。
非口蓋性(直音)
-前舌中舌奥舌
Cɨi
Cu
中高CəeCo~Cu

Ca
口蓋性(拗音)
-前舌中舌奥舌
Cʲi
(Cʲu)
中高Cʲe~CʲiCʲəCʲo~Cʲu

Cʲa

「Step 9b 口蓋性・非口蓋性対立の消失」においては、中央語と東国語とでアプローチが違ったとする。
  1. 中央語では、口蓋性母音が全て前舌化した。その際、高母音は Cʲi に、非高母音は Cʲe になった。
  2. 東国語では、口蓋性有無による弁別が原則として単純に消失した。それに伴い Cəe も二重母音性を失い、単に Ce になった。ただし、 Cɨi/Cʲi, Cə/Cʲə の非口蓋性/口蓋性対立は、Cɨ/Ci, Cə/Ce の、中舌/前舌対立として保存された。

中央語の場合
非口蓋性(直音)
-前舌中舌奥舌
Cɨi
Cu
中高CəeCo~Cu

Ca
口蓋性(拗音)
-前舌中舌奥舌
Ci
(Ci)
中高Ce~CiCeCe~Ci

Ce

東国語の場合
非口蓋性(直音)
-前舌中舌奥舌

Cu
中高CeCo~Cu

Ca
口蓋性(拗音)
-前舌中舌奥舌
Ci
(Cu)
中高Ce~CiCeCo~Cu

Ca
Ci (と、多分 Ce) は口蓋化されていたと思われるが、弁別的ではなかったと思われるので、ʲ の記載は省略する。

ということで、めでたく、
  • Cʲa が中央語で Ce, 東国語で Ca になる一方、Cʲə は中央語・東国語ともに Ce になる。
  • 東国語でエ段の甲乙の区別が消失する。
という結果が、あまり恣意的でないルールのもと、再現されることになる。

さて、ここで気になるのは口蓋性奥舌。Cʲo > (中央語) Ce~Ci, (東国語) Co~Cu になるはずなのだが、本当にそうなっているだろうか。動詞活用形で Cʲo は登場しないので、(中央語)イ段・エ段⇔(東国語) ウ段・甲類オ段になっている例を洗ってみることになる。

(中央語) Ce~Ci ⇔ (東国語) Co~Cu 対応


東国語中央語
no1zi (14/3414 多都努自能 立つ虹の)  *nizi (和名類聚抄 爾之)
照りto1ri (14/3561 比賀刀礼婆 日が照れば)teri (15/3672 月者弖利多里 月は照りたり)
新(にひ)nipu (14/3460 尓布奈未尓 新嘗に)nipi1 (17/4000 尓比可波能 新川の)
kadu (14/3432 可頭乃木能 梶の木の)*kadi (和名類聚抄 加知)
百合yuru (14/3432 佐由流能波奈能 小百合の花の)*yuri (新撰字鏡 由利)
後(しり)siru(20/4385 志流敝尓波 後方には)siri (記謡45 美知能斯理 道の後)
paru (20/4420 許礼乃波流母志 これの針持し)pari (18/4128 波里曽多麻敝流 針そ賜へる)

「梶」「百合」「後」「針」の東国語語形は、東国語じゃなくて被覆形(月ツキに対する月夜ツクヨのようなの) の可能性があるのでなんとも言えない。イ段の甲乙の区別もつかないし。
その点、「新(にひ)」は、ヒが甲類なのでニヒ/ニフが露出形/被覆形の関係である可能性はないが、どうだろうか。ちなみに、東国語語形の nipunami2 は、下二段「嘗め」の転成名詞が乙類イ段になっているという、「あしひきの」考にて記載した事象の例にもなっているかも知れない。

上代の中央語語形がわからない(単語自体は古事記にもあるが、音仮名表記した例がない)という難点はあるものの、一番可能性が高いのは「虹ニジ/ノジ」である。
日本国語大辞典によると拗音を持つ方言例が多い。
《ニャージ〔越後・新潟頸城〕ニュージ〔伊豆大島・瀬戸内・壱岐・豊後・大分〕ニユージ〔熊本分布相〕ニュジュ〔瀬戸内〕ニュズ〔八丈島〕ニョージ〔鳥取〕ミュージ〔瀬戸内・豊後〕ミョージ〔大分・豊後・富山礪波〕ミヨシ〔瀬戸内〕メウジ〔福岡〕リュージ〔佐賀〕》など
正直、ここまであるとむしろ、上代中央語が本当に nizi だったのか疑わしくなるぐらいだが、nʲozi >nʲozi~nʲuzi > (中央語) nizi, (東国語) nozi というのは大いにありそうだ。ただし、東国語の末裔である八丈方言において「ニュズ」と拗音を保っているのはいかがなものか。。。ちなみに琉球語では、nuuʑi ヌージで、東国語パターン。

一方で、逆パターン、つまり、(中央語) Co~Cu, (東国語) Ce~Ci になっているものも散見される。

東国語中央語
nino1(14/3351 尓努保佐流可母 布乾さるかも)  *nuno1 (和名類聚抄 沼能)
共(むた)mi1ta (20/4394 由美乃美他 弓の共)muta (15/3661 可是能牟多 風の共)
留(と)まりtimari (20/4372 知麻利為弖 留まり居て)to2mari (15/3722 美津能等麻里尓 御津の泊りに)

「留(ち/と)まり」は、「とまり」が乙類トだし、この例とは関係がないかも。ただ、トの甲乙は中央語でも割りに混乱しているので、本来は甲類トの可能性もなきにしもあらず。
またしても「布(ぬの)」の中央語語形は音仮名表記例がないが、「虹」「布」は似たような語形なのに中央語と東国語で逆な感じ。
院政期アクセントで「虹」は FL という変なアクセントで、一方「布」は一類(高平板) HH。
ni-o-zi HLL, ni-o-no HHH みたいな感じだったとして、o が高いか低いか、とか、ni にアクセントの核があるかないか、とかで道が分かれたとか。。。どうかな。
となると、中央語でも東国語でも拗音の直音化は発生したのだが、発生した場所が相違していたとかの可能性もあるか。。。

je~i ⇔ jo~ju 対応


中央語において Cʲə > Ce になった傍証として、Cʲə > Ce に巻き込まれて、jə > je となった例が挙げられる。
  • 良(よ)し: jə-si > je-si
    • 記謡97「み吉野(えしの yesino1)の(美延斯怒能) 御室が嶽に」
同様に Cʲo > Ce~Ci になった傍証として、 巻き込まれて jo~ju > je~ji になった例はあるか。

真っ先に思いつくのは「行く」。「ゆく」「いく」どちらの語形も上代に用例がある。東国語でもそれは同じ(東国歌謡でそうだというだけで実際の東国語でどうだったかはまた別の問題だが)。
  • (中央語ユク) 紀謡16「味酒 三輪の殿の 朝戸にも 出でて行(ゆ)かな(伊弟低由介那) 三輪の殿戸を」
  • (中央語イク) 15/3722「大伴の 御津の泊りに 船泊てて 龍田の山を いつか越え行(い)かむ(伊都可故延伊加武)」
  • (東国語ユク) 14/3366「ま愛しみ さ寝に我は行(ゆ)く(佐祢尓和波由久) 鎌倉の 水無瀬川に 潮満つなむか」
  • (東国語イク) 20/4374「天地の 神を祈りて 猟矢貫き 筑紫の島を 指して行(い)く我れは(佐之弖伊久和例波)」


ほかには「斎(ゆ/い)」とか。被覆形/露出形かもしれないが。
  • (ユ) 神代紀下「斎庭、此をばユニハ(踰弐波)と云ふ」
  • (イ) 13/3229「斎串立て(五十串立) みわ据ゑ奉る 祝部が うずの玉かげ 見ればともしも」

「夢(ゆめ/いめ)」とかはどうかと思ったが、「ゆめ」は上代に用例なし。多分、「いめ」が本来の語形。

(中央語) イ~エ ⇔ (東国語) ウ~オ 対応


 Cʲo > (中央語) Ce~Ci (東国語) Co~Cu の巻き込まれパターンとして、(中央語) je~i (東国語)o~u になっているというパターンはあるか。


東国語中央語
磯(いそ)osi (14/3359 於思敝尓於布流 磯辺に生ふる)
osu (14/3385 麻末乃於須比尓 真間の磯辺に)
(i)si (13/3254 志貴嶋 磯城島の)
iso1 (記謡37 伊蘇豆多布 磯伝ふ)

(中央語) joso(-i) > josɨi, joso > (中高母音上昇) jusɨi, juso > (前舌化) isɨi, iso > isi, iso
(東国語) joso(-i) > josɨi, joso > (中高母音上昇) josɨi, josu > (非口蓋化) osɨ, osu > osi, osu
のような動きを想定。

でも、これも逆パターンがあるんですよね。

東国語中央語
yebi1(20/4428 叡比波登加奈々 帯(えび)は解かなな)obi1 (紀謡93 瀰於寐能之都波柁 御帯の倭文服)

yebi1/obi1 は、オの甲乙の区別がつかないので、乙類オ (ə) だったかも。

今回の結論

結局よくわかりません。。。
基本的な方向性はいいように思っているんですが、口蓋性の消失は、東国語だけでなく中央語でも、少なくとも奥舌母音については生じることがあったと考えるべきなんでしょうね。

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