2017年5月14日日曜日

御木のさ小橋

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上代日本語においては区別を消失していた ui 由来の乙類イ段と əi 由来の乙類イ段が、琉球語では区別されているという説を以前紹介した

日本語では ui 由来/əi 由来双方の乙類イ段が甲類イ段と合流してイ段になっているのに対し、琉球語では ui 由来の乙類イ段はイ段と合流し、əi 由来の乙類イ段はエ段と合流する。
さらに、現代首里方言ではエ段がイ段と合流してしまうため、結局は差がなくなってしまい全部 i になってしまうのだが、イ段/エ段は子音の破擦化の有無に痕跡を残しているため、区別がつく場合がある。(i/ɪ など、母音上の区別を残している方言もある)



甲類キの例、ケの例、
  • 甲類イ段: 先 saki > サキ > (破擦化する: キ→チ) 現代首里方言 サチ satɕi
  • 乙類エ段: 酒 sakəe > サケ > (破擦化しない: ケ→キ) 現代首里方言 サキ saki
「キ/ケ」が、母音はどちらも i で差がないが、子音の破擦化有無で チ tɕi/キ ki と区別されている。

ui 由来の乙類イ段と əi 由来の乙類イ段については以下のようになっている。

乙類キ 上代日本語: どちらも kɨi (き乙)で区別がない。
  • 月 *tukui > tukɨi (つき乙) (cf. 月読 tuku-yomi)
  • 木 *kəi > kɨi (き乙) (cf. 木立 kə-dati)
乙類キ 琉球語: kui 由来は甲類キと合流し チ tɕi に、kəi 由来は甲乙類ケと合流し キ ki に。
  • 月 *tukui > ツキ > (破擦化する: キ→チ) 現代首里方言 ツィチ tsitɕi
  • 木 *kəi > ケ > (破擦化しない: ケ→キ) 現代首里方言 キ ki

後の琉球語ではエ段・オ段がイ段・ウ段に合流し、表面上区別はなくなってしまうが、おもろさうしでは、イ段・エ段を書き分けており、そこでは kəi 由来の乙類キ「木」は「け」と表記されている。
  • おもろ02/0075「越来綾庭(ごゑくあやみや)に 黄金木(こがねげ)は植へて 黄金木が下 君の按司の しのぐりよわる 清らや」
  • おもろ13/0792「又良かる木(け)は選(ゑ)らで 輝(きやきや)る木(け)は選(ゑ)らで」
  • おもろ13/0981「東方(あがるい)の大主 大主が御まへに、九年母木(くねぶげ)は 植(お)へておちへ おれづむ 待たな いな ちや花 咲ちやる」
  • おもろ14/0991「東方(あがるい)の真下に 桑木下(くわげもと) 吹く鳥 吾が思ひが 声鳴り出ぢゑて 聞け聞け 肝人 肝人す 聞き取れ」

また、 əi 由来の乙類イ段がエ段と合流したことによって、上二段が下二段と同様の活用をする。
  • おもろ01/0016 「聞得大君ぎゃ 首里杜 降れわちへ」
  • おもろ06/0307「島が 老ゑる極(ぎや)め ちよわれ」
  • おもろ11/0624「又吾が成さい子(きよ) 按司襲い 根石の 天(てに)に 生(う)へ着く極(ぎや)め」
上二段「降り」「老い」「生(お)ひ」が下二段のように「オレ」「オエ」「オエ」になっている。

おもろさうしでは、イ段とエ段が概ね書き分けられているため、上二段が下二段ぽくなっていることがわかるのだが、現代首里方言ではどちらも i になっているので、上二段と下二段はどちらにしても差はないと言えば差はない。
が、上記の「先サチ/酒サキ」の例と同様、イ/エが破擦化の有無で現れる子音があるので、その場合は区別がつく。
  • 下二段: 投げて nagəe-te > ナゲテ > (破擦化しない: ゲ→ギ) ナギティ nagiti
  • 上二段 (əi 由来): 起きて *əkəi-te > オケテ > (破擦化しない: ケ→キ) ウキティ ukiti
これに対して、ui 由来の上二段は下二段合流しないように見える。
  • 上二段 (ui 由来): 過ぎて *sugui-te > スギテ > (破擦化する: ギ→ジ) スジティ sudʒiti

ただし、正直、əi 由来の乙類イ段を持つ名詞の例、ui 由来の乙類イ段を持つ上二段活用動詞の例を、「木」「過ぎ」以外見出すのは結構難しい。(1) 上代に用例があって甲類でなく乙類イ段であることがわかる、(2) əi 由来か ui 由来かを判定出来る、(3) 琉球語に対応語が存在する、(4) 破擦化の有無判定が出来る子音を持つか、イエ段の書き分けのある文献(おもろさうし等)に登場するかする、の全ての条件を満たす例がそうそうない。乙類イ段自体が数少ないし。
乙類キを含む数少ない名詞「岸キシ」「霧キリ」はどちらも破擦化して チシ tɕiɕi, チリ tɕiri になっているようだが、əi 由来か ui 由来か判定出来ない。

一方「木」も必ずしもエ段合流してはいないようだ。複合語などの場合、イ段合流している場合がある。
  • おもろ10/0538「楠(くすぬき)は好(この)で」
    (cf. 現代首里方言 クスヌチ kusunutɕi)

以上はおさらいで、ここからが今回の本題。
「木」がキでなくケになるのは、どうやら琉球語だけではないようなのだ。

日本書紀に、「御木」と書いて「ミケ乙」と読む地名が豊前国、筑後国に出てくる。(豊前国御木は後に、三毛(みけ)郡→上毛(かうげ)郡・下毛(しもげ)郡になっており、筑後国御木は、後に三池(みいけ)郡)
  • 筑後国三池郡は、現在の福岡県大牟田市で、世界遺産の三井三池炭鉱があった三池ですね。
景行紀12年9月に出てくる豊前国御木は、読み方の注記があり、景行紀18年7月に出てくる筑後国御木は、本文に訓表記で「御木」、歌謡に万葉仮名で「瀰概」「瀰開」と地名が登場するので、双方とも「御木」と書いて「ミケ乙」と読む地名だということがわかる。
  • 景行紀12年9月「二を耳垂と曰ひ、残賊貪婪にして 屡しば人民を略(かす)む。是、御木 [木、此には開(ケ乙)と云ふ] の川上に居り。」
    (二曰耳垂 残賊貪婪 屡略人民 是居於御木 [木此云開] 川上)
  • 景行紀18年7月「筑紫の後(みちのしり)の國御木に到り、高田の行宮(かりみや)に居(ま)します。時に僵(たふ)れたる樹有り。長さ九百七十丈なり。百寮(ももつかさ)、其の樹を踏みて往來(かよ)ふ。時の人、歌(うたよみ)して曰く、
     朝霜の 御木(みけ乙)のさ小橋 群臣(まへつぎみ) い渡らすも 御木のさ小橋」
    (到筑紫後國御木 居於高田行宮 時有僵樹 長九百七十丈焉 百寮蹈其樹而往來 時人歌曰
     阿佐志毛能 瀰概能佐烏麼志 魔弊菟耆瀰 伊和哆羅秀暮 瀰開能佐烏麼志)


さらに、万葉集の防人歌でも、「木」をケとしている例がある。

  • 20/4342(駿河) 「真木柱(まけ乙はしら) ほめて造れる 殿のごと いませ母刀自(ははとじ) 面(おめ)変はりせず」
    (麻氣波之良 寶米弖豆久礼留 等乃能其等 已麻勢波々刀自 於米加波利勢受)
  • 20/4375(下野) 「松の木(け)の 並みたる見れば 家人(いはびと)の 我れを見送ると 立たりしもころ」
    (麻都能氣乃 奈美多流美礼波 伊波妣等乃 和例乎美於久流等 多々理之母己呂)

つまり、琉球だけでなく、北九州でも東国(東海)でも東国(関東)でも「木」を「ケ」と言ったらしい。
əi が乙類イ段ではなく、乙類エ段になる現象は、前上代日本語に普遍的にあった事象だと考えるべきだろう。
これをどう捉えるか。

上代日本語の動詞活用形の起源 Ver. 2」の「Step 5: 高さ調整」において、琉球語で əi > e となることに鑑み、以下の処理をしていた。
  • 二重母音の前項・後項の高さに差がある場合は、後項が中高母音化。(ai > ae, ia > iə, ua > uo)
    中高-高ではあるが、əi も後項が若干下がり əi > əɪ になったとしておく。(日本語には必要のない操作だが、琉球語でその後 əi > e になったことに鑑み、i の下がりを想定しておく)
「日本語には必要のない操作だが」としていたのは間違いだったことになる。
それ以外については、そのままでも一応の説明はつく。əɪ は、琉球だけでなく、少なくとも北九州・東国の少なくとも名詞「木」において、乙類イ段と合流しなかったということだ。

しかし、この処理は、やや恣意的でちょっと気持悪いとは「上代日本語の動詞活用形の起源 Ver. 2」を書いた段階から思っていた。
その後、よくよく考えれば、もっとシンプルな説明で良いことに気がついた。
単に əi > ɨi (乙類イ) にならず、əi のまま残り、その後、 əe と合流したということでいいではないか。

「上代日本語の動詞活用形の起源 Ver. 2」を書いた後の議論「i と e をめぐる諸問題」において、「Step 6: 逆行同化」で起きた二重母音の母音融合は、詰まるところ、「二重母音の前項が単純に脱落して単母音になった。しかし子音の口蓋化性は保存した」という一言で終わらせることが出来る話だと整理した。

子音前項 V1後項 V2同化後
C非前舌非前舌CV2uo,ao,əo > o
C非前舌前舌 iCi (乙類イ段)ui, oi > ɨi, əi > ɨi
C非前舌前舌 eCe (乙類エ段)ae, ue, oe, əe > əe
前舌 i非前舌CʲV2iə > jə
C前舌 e非前舌CV2ea,eo,eə > a,o,ə

二重母音の前項が i 以外で後項が前舌母音の二重母音 (Cui, Coi, Cəi, Cae, Cue, Cəe) から前項母音が脱落し、音韻的には非口蓋化子音と前舌母音による音節 乙類イ段・エ段 /Ci/, /Ce/ になった。(口蓋化子音と前舌母音による音節 甲類イ段・エ段 /Cʲi/, /Cʲe/ と対立する)

 /Ci/, /Ce/ は、音声的には、子音と前舌母音の間に、前舌母音と最も近い非前舌母音、つまり、前舌母音と同じ高さの中舌母音を挟んだ形で実現する。/Ci/ [Cɨi], /Ce/ [Cəe]
  • 乙類キは [kɨi] または [kɨ] で間違いないと思っているが、上代において唇音の乙類ヒビミは、[pwi][bwi][mwi] になっていた可能性もあると思っている。
    甲類イ段/乙類イ段の万葉仮名はそれぞれ、支韻・微韻・之韻・脂韻の重紐四等/三等 *[ie/ɪe][iəi/ɪəi][iəɪ/ɪəɪ][i/ɪi] で書き分けるのが通常だが、乙類キについては、合音字を用いることはほとんど無い(例外: 貴 *kʏəi 等) のに対し、乙類ヒミでは合音字を用いることが多い(飛非 *pʏəi, 肥 *bʏəi, 斐妃 *phʏəi, 微味未尾 *mʏəi)。

ここで、単音節語の「木」や上二段連用形等の語において、”əi” を明瞭に発音する意識が働き、 əi の母音同化 (> ɨi) が ui 等よりも遅れるということがあったのだろう。その状態で、「Step 9: 第二次高母音化」(e > i, o > u) を迎えた時に、乙類エ段 (əe) と əi が合流してしまったのかも知れない。
「楠(くすのき)」等の複合語では、それほど明瞭に発音されなかったので、əi の母音同化 (> ɨi) が規則どおり発動したのではないか。

以上。

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[参考文献]
佐藤 清 (1996) 「『おもろさうし』の木と毛の表記について」, 琉球の方言 (20), pp.152-201, 1996-02-26, 法政大学沖縄文化研究所 http://repo.lib.hosei.ac.jp/handle/10114/11930
国立国語研究所 (2001) 『沖縄語辞典』 第9刷 http://mmsrv.ninjal.ac.jp/okinawago/
外間 守善 ワイド版岩波文庫『おもろさうし(上)』, 岩波書店, 2015-09-16 ISBN978-4000073905
外間 守善 ワイド版岩波文庫『おもろさうし(下)』, 岩波書店, 2015-10-16 ISBN978-4000073912

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